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 僕が踊り、君が笑う。

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‥‥‥ クリスマス・キャロル ‥‥‥




冬、という言葉が好きだ。
大らかで明朗な響きを持つ季節の名前もいいけれど、
小さく口をすぼめ、舌先を器用に動かして、
ふゆ、
と、硝子のように鋭い空気へそっと吹き付ける。
そのやわらかな音は、誰かが誰かの大切な人と、肩を寄せ合う口実にふさわしい。
だからこの時期になると、ほんの少しだけ北にある港町へ僕は足をのばす。
僕だって、口実が欲しくなるのだ。


今年三度目の雪の夜だ、と町はずれの小さな酒場の主人は言った。
相変わらずシズクは出来損ないのサンタみたいだ、配達日時をすっかり間違えてやがる。
おかげでイヴはぐしょぐしょの雪には不自由しないけどな。
メリー・ハッピー・グレイ・クリスマス。
主人の口が悪いのは昔からで、僕は苦笑しながら黒い外套を脱ぐ。
雨男ならぬ雪男か。
けれど雪男も近頃は暖かすぎて、水浸しの洞窟で困惑してると聞いてるよ。

 そんなものかね。
 そんなものだよ。

カウンターの上にヴァイオリンケースを載せて、まずは主人の差し出す蜂蜜入りレモン水。
これがないと僕の冬は始まらない。
それから大切な商売道具を揺り起こして、首の下に構える。
目覚めたばかりの雪の精の吐息のごとく、冷気がf字孔から漂い出た。
弓を取り上げぴんと張りながら、僕は辺りを見回した。

お客は三人。
ちょうどいい。

僕は少し離れたところから、ゆるやかなセレナードと、名前を知らない歌とを奏でた。
毒にも薬にもならぬ、そのくせわずかに寂しさをのぞかせる曲。
とりあえず二曲を弾き終えると、ボックス席からぱらぱらと、無関心そうに、二人分の手を叩く音がした。
なので、僕はもう一つ演奏する。
僕にヴァイオリンの手ほどきをした父から伝授されたどこか遠い国の歌。
やっぱり名前は知らない。とりわけ出来はよくないけど、僕には大切な歌。
すると、カウンターの端に座っていたあなたは、ああ、と溜息を漏らした。


細めた目の色はくすんだ青で、鼻はとがって大きい。
恰幅もよく、背をかがめてはいるけれど、立ち上がればきっと僕より背高だ。
白々としたやわらかそうな髪はいくらか薄くなっている。
顔に刻まれた皺はまろやかな曲線を幾重にも描く。
あなたは遠い国からやってきた人だ。

「申し訳ありませんが」

口の中でこもるような訛りの丁寧な言葉は、ふゆ、という響きと同じくらいやさしかった。

「ちょっとその楽器を見せて頂けませんか」

僕は注意深くヴァイオリンを差し出した。
あなたはさらに目をすがめ、大きな手で慎重に受け取ると、裏に返し表に返し、
てっぺんのうずまきに丹念に触れ、薄暗い光を入れるようにして楽器を斜めにしてf字孔を覗き込む。
埃を少々かぶった中のラベルには、B−−という制作者の名前が見つかるはずだ。

18**年、F国制作。

もう一度、あなたは溜息を漏らす。今度は満足そうに。
それから慣れた手つきで弦を支えている駒をきゅっきゅっと二度ほど押す。

「少し傾いでいたから、直しました」あなたはそう言って静かに笑う。

「有り難うございます」僕も微笑んで楽器を受け取る。

「どうか、あの歌をもう一度聴かせてくださいますか」

もちろん、お安い御用。とりわけ出来はよくないけど大切な歌を少しゆっくりめに演奏する。
弓をたっぷり使って、ふくよかな音を鳴らしながら。

弾き終わるとあなたは苦笑した。

「父上に似て、君も義理堅いのですね」

「約束だったから。それにこの歌はとても大切だから」

歌は父の思い出と共にある。
そして、あなたの歌でもある。

「初めて取り扱った楽器にこんなところで出会えるとは思ってもいませんでした。
あれからもう随分経ったことでしょう。
なのに、弾き手にも作り手にもなれなかったしがない楽器商の戯れ歌が残っていたとは」

僕は悪戯小僧のように声を潜める。

「ご心配なく。
僕も、いつか誰かにこのヴァイオリンを手渡すときに、歌も一緒に伝えますから」

「それはまったく、譲られる方も災難ですね」

「とんでもない」

とりわけ出来はよくない歌は、
次第に思い出と思いを付加されて、何にも代え難い奇妙な吸引力を持った何かに変わる。
こうして、老いた楽器商の夢も少しずつ、叶えられていく。
何かを表し、残したかったという、あなたの夢。
ささやかで、かつ、壮大な夢。
そんな夢の一端に関わることが出来るのは、なんて素敵なことなんだろう。
けれど、一つだけ僕には聞いておく必要がある。

「ところで、この歌は何の歌なんですか」
やっぱり君にも分からなかったのですね、と苦笑して、あなたは答えを恥ずかしそうに呟いた。

「誰かの聖なる夜のための歌ですよ」

それから慌てたように、
あなたはお勘定をよろしくお願いします、とグラスを磨いていた主人に声をかけた。
コートに袖を通して、
あなたはポケットのなかから見慣れぬ金銀色とりどりのコインをぱらりとカウンターに落とす。
珍しくにっこり笑うと酒場の主人はあなたを送り出した。
僕はヴァイオリンを小脇に抱えて酒場の戸口に立ち、あなたの大きく暖かな背中を見送った。
やがてその背中に二枚の翼が現れ羽ばたいたけれど、
風がざっと吹き抜けて、幸せな姿をかき消してしまった。

*

*

*** せっかくのいただきものをクリスマス当日にupする、

なまけものの管理人をお許しください

Yun_nuさま、ステキなお話ありがとうございました〜

(じつは背景の写真もお借りしました♪) ***

20041225up

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