神からくり、あるいは天を堕する

 

その翼の用途は?
 もし、そう尋ねられたのなら、もっとも困ったのは彼、だったろう。彼は透き通るみずいろの翼を持っていたが、ゆるゆると海流に流されるだけ、はたはたと羽ばたかせてみるも、あえかな気泡を生み出すのみ。
 いや、そもそも彼がここにいること自体に何らかの用途……”彼ら”の言葉で言うなら存在意義があったろうか?
 屈した体を守るように、彼はじっとすぐ足下の砂地を見つめている。何も見ないよう、何も聴かぬよう、何も……気づかぬよう。己の寂たる姿さえも認識せぬよう。
 彼を包む海はひたすらに深く、青く、静か。

 ”そういえば、捨てられたんだっけ”
 ”彼ら”が彼に望んだのは至高の存在だった。
 ”彼ら”を支配するに値する容姿と能力を持ったなにか。偉大なる存在によって与えられる、思考放棄したうえの絶対的な安逸と平和を”彼ら”は願った。そのような存在を作り上げようとした。なのに、作り手以上のものを生み出せるはずはなかった。本当に異質の、彼らよりも上位なる物を創造するには、今まで”彼ら”の持ち得てきた認識、感覚、欲望、世界を超えていなければならないのだ。 ”彼ら”に、それが可能か?
 答えは否。
 ”彼ら”が彼らであることを捨てない限り答えは否。
 しかし、”彼ら”は彼らの身分で、大いなるモノに支配されたいと願った。そのような自己矛盾した計画に反する声は狂気じみた熱を前に消えゆき、誤った観念のもと彼は作り上げられた。出来上がったのは素晴らしく見映えのよい失敗作だった。
 ゆえに、孤独。
 彼はどうしようもなく、”彼ら”と同じ次元であり続けた。つまり、彼らの感覚を共有し、彼らの認識をインプリンティングされ、彼らの世界を知ってしまっていた。
 ゆえに、孤独。
 自分の心に名付けられるものがあるとするなら、格好の言葉だろう、と彼は思った、寂しく。

 翼をもがれ(翼の能力をもがれ)、言葉を失い(言葉を交わす相手を失い)、彼が出来ることはただ祈り歌うこと。今では誰に向かうものでもなく、ただ自分一人のためにある行為。
 唯一”彼ら”が残してくれた行為だった。
 口ずさむのは、”彼ら”がふさわしいと思った聖歌だった。一音一音彫琢され、原始的な本能に訴えかける律動を持ったそれを、そういえば大地の上で歌うことは禁じられていた。歌うならカプセルの中か、世界の終焉が訪れたときだけ。
 カプセルの中で、彼の歌は”彼ら”を神秘体験の極みへつれてゆく。”彼ら”は彼我の境界を忘れ世界と一体化する。世界と自己との境界を規定していた後頭葉の活動を柔らかく絡め取る美しくも恐ろしい歌は、漸く同じ条件で”彼ら”に広大無辺の神を見せる。あるいは無を。
 あらゆる教義が統一され、世界は機械仕掛け、かつ本物の神を知る。
 ”けれど、僕の神は?”
 彼は考える。
 ”僕の神は僕自身?”
 しかしすぐに首を振る。
 ”だめだ、僕自身は僕を救ってはくれない、この孤独から、どこかへつれていってくれることなどない。そして僕は”彼ら”の世界の終焉で人々を救うために、死ぬことも許されない。”
 彼は歌を歌った。彼にとっては世界など終わっていたからだ。低く高く、彼は歌った。それでも神は降りてはこなかった。
 代わりに荒れ狂う波間を突き破ったのは、聖なる光だった。彼は光の中でやっとほほえむことを思い出した。彼は時がきたことを知り、今度は誰かのために歌い始めた。
 誰かのために歌えるってなんて素晴らしいことだろう。
 誰かが聴いてくれること、誰かがどこかに居ることを、信じられるのだから。

 ”彼ら”の世界はあっけなく終わった。
 失敗作の神の抜け殻を失い戦乱が舞い戻りやがて空を焼き尽くす広大無辺の光。
 それは海の気泡から這い寄った彼の歌と重なり”彼ら”は苦痛と快楽の絶頂を知り。

 彼の息とともに途絶えた。

 どこかでまた機械仕掛けの神が笑った。

present by 青星堂本舗 (C) 青星さま

20040407up

*** 砂漠の住人2・歌う彼が誘拐されてしまいました〜♪

その後、お土産付きで解放されたようです

こんな事件ならいつでも大歓迎!!っす

青星さま、ありがとうございました ***

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