******* 二十四番目のクリスマス
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| 「明日はあなたの日だから、お祝いをしましょう」 彼女は嬉しそうに微笑んだ。 慌てて僕は日付を思い返す。単調な暮らしの中で忘れかけていたが、そういえば明日は聖誕祭だった。 「誰かをお祝いするなんて久しぶりだもの。明日は盛大にしなければいけないわね」 歌うようにそう言って、彼女は僕の顔を覗き込む。 「ねえ、クリス。あなたはどんなお祝いが欲しい?」 「そんな……急に言われても……」 口ごもる僕を見て、彼女はくすくすと笑う。 「じゃあ、明日までに考えておいてね」 「わかったよ。寝る時は枕元に靴下を置いておいたほうがいいかな」 すると、彼女は腹を抱えてますます笑った。 「いいわね、それ。とびっきり大きな靴下を用意しておいたらいいわ」 盛大な笑い声をひとまず収め、彼女はパーティーの準備をすると言い残して部屋を出て行った。 その華奢な後ろ姿を見送りながら、僕は小さく苦笑を洩らした。 今日の彼女はすこぶる機嫌がいい。いつもはぼんやりと灰色の空を眺めていることが多いのに、今日はまるで別人のようだ。 彼女がこんな満面の笑みを見せるのは、そう、僕が生まれた日以来のことだ。 「名前は、クリスマスにしましょう」 あの日、生まれたばかりの僕に彼女はそう告げた。まだこの世界のことを何も知らない僕は、そう言われても戸惑うばかりだった。クリスマスがどういうものかは、あらかじめ知っていたものの。 「そう――それがいいわ。あなたは二十四番目だから。よろしくね、クリス」 彼女は小さな手を差しのべた。白くて細くて、少し力をこめれば呆気なくもげてしまいそうな手。僕は力加減を誤らないよう、恐る恐る手を伸ばした。すると、彼女のほうから僕の大きくて不恰好な手を握りしめてきて、僕は驚いた。温度を感じられないはずの僕の手のひらはその時、温かいものに触れたような気がした。 その手が僕をこの世界に繋ぎ止めるすべて。 僕の世界は彼女の小さな手に握られている。 「明日は僕の日……か」 僕は、誰にともなく呟いた。もとよりここは僕と彼女以外、誰も存在しない世界だけれど。 二十四番目だからクリスマス、という言葉の意味は後になってわかった。 一番目はAlice、二番目はBlum、三番目はCaren……アルファベット順に名前をつけていって、二十四番目の僕はXだからXmasというわけだ。彼女は今までそうして二十三もの名前を与えてきた。彼女が作り出したものたちに。 Zまで名づけ終えたら彼女はどうするのだろう。時々ふと僕は考える。だが、そんな想像は無意味だ。僕の後の名前を、僕が知ることは決してないのだから。 一つ頭を振って、僕はつまらない考えを払い落とした。今の僕には、彼女が僕を祝おうとしているということだけが重要なのだから。 そう思い直した僕の耳に、突然何かが盛大に転がる音が聞こえてきた。それに続くのは、聞き慣れた高い声。 僕は立ち上がり、音のする方へと急いだ。 外に出ると、強い風が僕に吹きつけてきた。灰色に濁った空の下、地面に座り込んだ彼女の髪を突風がなびかせているのが目に入る。 「いったい何をしていたんだ?」 僕は彼女と、その周りに散乱したものを見ながら訝しむ。地面には砕けたガラス瓶や、ファブリックの切れ端、壊れたマシンの部品など、がらくたとしか言いようのないものが撒かれたように散らばっていたのだ。 彼女は地面に座り込んだまま、少しばつが悪そうに笑いながら、僕を見上げた。 「ツリーを作ろうと思ったの」 「……ツリー?」 呆気に取られて鸚鵡返ししかできない僕に、彼女は薄く笑む。 「そうよ。クリスマスにツリーはつきものでしょう?」 僕は彼女の前に建つ黒い影を見上げた。 それは遠い時代に打ち捨てられ、錆びついたかつての鉄塔の一部だった。半ばからもげ、様々な衝撃を受けて変形してしまったその鉄のオブジェは、見ようによっては樹木の形と言えなくもない。 そんなことを考えながら、僕は改めて地面に視線を落とす。では、このがらくたはツリーの飾りというわけか。錆びついた鉄塔の残骸に、拾い集めたがらくたを飾りつけて、クリスマスツリーに見立てようというのか―― 「でも、風のせいで台無しになったわ。やっぱり外でツリーを作るのは無理みたいね」 彼女は残念そうに苦笑しながら、ゆっくりと立ち上がった。再び荒れ始めた風が、彼女の足元に散らばるガラス瓶を転がす。カラカラと乾いた音が、空虚な灰色の世界に響く。 「そうだね。風がなければうまく作れたと思うよ。君が僕を作ってくれたみたいに」 がらくたでしか作れないツリーのように、クリスマスと名づけられた僕もまた、がらくたの寄せ集めだった。 遠い昔に見捨てられた廃棄物の集積所。それが今、僕たちの住む土地だ。 実際には、彼女一人が住んでいた。だが、孤独に耐えかねた彼女は、廃棄物から手ごろな部品を集めて仲間を作った。最初がアリス、二番目がブルーム、三番目がカレン。所詮はがらくたでできた人形だから、その命は短い。だから彼女は次々に仲間を生み出した。そうして二十四番目にできたのがこの僕、クリスマス。来年の聖誕祭までいられるかもわからないから、こうして彼女は僕を祝おうとしてくれているのだろう。短い時間を共有できた証として。 僕は決して自分の短い命を惜しんでいるのではない。足元に転がるがらくたを集め、命を吹き込んでもらえたのだから、これ以上贅沢を言うつもりはない。ただ、これまで二十三回もの別れを経験してきた彼女が、また寂しい思いをすることを想像すると、やるせなくなるのだ。 彼女の命に終わりはないから。あったとしても、それまでには気が遠くなるほどの時間を必要とする。だから、彼女はこの先も孤独と別離を繰り返さなければならない。 「……ごめんね、ちゃんとお祝いしたかったのに」 彼女はうなだれながら呟く。僕は小さく首を左右に振った。 「謝ることはないよ。僕はもう充分に素敵な贈り物をもらってるんだから」 「え……?」 驚いたように顔を上げる彼女に、僕は続ける。 「クリスマスなんておめでたい名前、今までなかっただろう? それだけでも僕にとっては特別なんだよ」 僕がいなくなった後、彼女はまた新たにYの名を持つ人形を作るだろう。彼女の孤独がなくならない限り、その作業は永遠に続く。 だけど、きっとこの先も、僕より他に祝聖の名を持つ者はいないはずだ。こんな考えはただの自己満足かもしれない。それでも僕にとって、この名を与えられたことは言いようもない幸せなのだ。 「だから、僕も君にプレゼントを贈るよ」 そう――だから僕も君に幸せを分けてあげよう。君にとって、僕が特別になるように。 「君の名前――イヴというのはどうだろう。クリスマスと対でいいんじゃないかな」 彼女には名前がない。 彼女は、人形を製造するために生まれた人形だった。手近な材料からでも人形を生み出し、命を吹き込むことのできる精巧な人形。だけど、できることと言えばそれだけ。恐らくは、その用途の少なさから不要とされてしまったのだろう。 この廃棄物の世界の中で、彼女は本当に独りきりだった。彼女は自分が作った人形に名を与えたが、彼女に名を与える者はどこにもいなかったのだ。 「ありがとう……クリス」 彼女が洩らした声は、風に掻き消えそうなほど細かった。でも、僕は決してそれを聞き逃さない。限られた時間の中で、彼女のくれる言葉を少しでも覚えておきたいから。 僕は手を伸ばし、彼女の小さな体を抱きしめる。がらくたでできた僕とは違って、繊細な彼女を壊さないよう慎重に。 やがて、空からいっそう激しい風が吹きつけてきた。突風は地面の砂埃と細かいガラス片を巻き上げる。その欠片が、薄い日を浴びて輝きながら降り注ぐ。 「まるで雪みたいね」 少し顔を上げた彼女は、降り積むガラス片を見つめながら呟いた。 「さしずめホワイトクリスマスってとこかな」 僕は鉄塔の残骸に視線を向ける。風に運ばれた砂塵で白茶けて、それはまるで雪の積もったクリスマスツリーのようだった。 くすくすと笑う彼女の耳元で、僕はそっとささやく。 「メリークリスマス・イヴ」 ガラスの雪が降る聖夜に祈ろう。 願わくば、次のクリスマスも彼女がまた笑えますようにと。 |
----- Thanx 20000 Hits and Merry
Xmas ! -----
******* presented by North Ever Dec, 2003 *******
(C)北見遼
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*** 期間限定の配布ものをいただいてきました
サイトの2万打!おめでとうございました〜♪ これからも素敵な世界を見せてくださいませ
お待ちしております ***
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